1章 文章はコミュニケーションツール (2)
1.4 文の表現
わかりやすく明確な文を書くためのルールについて説明します。ここでは、説得力のある論理的構造を文章全体で組み立てる際に使用するルールを挙げていきます。
1.4.1 「である」調
文章には文末表現を「〜である」「〜だ」とする「である」調と、「〜です」「〜ます」とする「ですます」調があります。これはどちらかに統一していないと違和感のある文章になってしまいます。「ですます」調では柔らかく邸内な印象を与えるので、説明文や紹介分で多く用いられます。これに対して、論文やレポートでは「である」調を用いることが習慣になっています。
ただし「〜だ」と断定するのは、書き手が「こうである」と確信した時の言い方なので、論文では使用しません。あくまでも「数値はこうなった」とデータに語らせて、書き手の感情を持ちまず、読み手にデータの意味を考えてもらうためです。
1.4.2 時制について
日本語には英語のような厳密な時制はありません。「半導体センサを利用して、CPUの温度を測定した」と記されても
- [過去形]:The temperature of the CPU was measured with a semiconducotr sensor.
- [現在完了形]:We have finished the measurement of the CPU temperature using a semiconductor sensor.
のようにどちらの時制の意味にもなります。
前後の文脈から推測できる時には、主語を省略し、時制をはっきりとさせないのが日本語の性質です。ですから、論文で述べることは書き手にとって過去の出来事ですから「〜した」ではなく「〜する」としても間違いではありません。寧ろ後者で記述した方が読みやすくなるでしょう。
ただし、測定を実施したこと、そこで得られた数値、また、他の人の業績を参照した時、この論文が記された時点ではそう考えられていた事柄を述べる時は、「〜であった」「〜した」とします。過去のある時点で得たデータや情報であることははっきりと示します。
1.5 主語を書く
日本語では主語を省略することができます。しかし、省略できるということは、文章には必ず主語があるということです。主語がねければ、読み手に文章の趣旨は伝わりにくくなります。主語があることで述語が機能します。
1.5.1 主語の必要性
文の内容によっては、書き手の一方的な思い込みで省略してしまうこともあるでしょう。しかしそのような文では、読み手にとってわかりにくいものとなります。
(1) 主語を入れて文を書く
例1.28では誰が学校へ行き実験の準備を始めたのかわからない例が示されています。前の文と主語が同じ時には省略できます。
文を続ける時には、なるべく主語を動かさないようにします。その方が読みやすい文章になります。
逆に主語を省略してはいけないのは例1.29のような文章の途中で主語が変わる場合です。この鵜ような場合には、読み手には主語がわからなくなってしますので省略することはできません。
(2) 「〜は」「〜が」の使い分け
日本語の助詞「は」と「が」の違いは、とても難しいといわれています。文法的な解説をするならば、「が」は格助詞で「は」は副助詞となります。しかし実際の場面では、「は」と「が」は文の中では違いがないように思われます。例1.30ではまず[1]では、一般識として、「電三郎教授の研究室はきれいだ」という際に使われます。電三郎教授の研究室が目の前にない状況で、だれでも知っている電三郎教授の研究室という対象物がきれいだという情報を伝えています。一方、[2]のように「電三郎数授の研究室がきれいだ」となると、目の前に電三郎教授の研究室があるという状況で、きれいだという新たな情報を伝えます。
あるいは初めて登場するときにも「は」と「が」は使い分けられます。たとえば「あるところにおじいさんがいました。おじいさんは散歩が好きで…」というように、おじいさんが初めて文中に登場するときには「が」を使い。以降の文では「は」を使います。
「〜は」「〜が」の使い分けは以下のようになる
- 「〜は」:すでに知っている情報を伝える
- 「〜が」:知らない新しい情報を伝える。
1.5.2 述語を選ぶ
文を読んでいると、読み手は主語とそれに対応する述語を探します。主語と述語が離れてしまうと、読み手は書かれている文の内容を把握することはできません。わかりやすい文を書くためには主語と述語を近づけます。複雑な文ほど、そういった配慮が必要です。また主語と述語が対応していないことを「ねじれ」といいます。
例1.31の主語は「本研究は」で、述語は「向上する」です。しかし、「研究が向上する」では意味をなしません。「研究」は行為者とはなれない言葉です。そこで、このような「ねじれ」は例1.31の[◯な例]のように書き換えます。ポイントは「目的は〜である」や「本研究は〜を目的とする」というように、主語と述語の対応関係を確認することです。主語との対応を意識することで述語も明確になります。
1.5.3 主語と述語の対応
主語と述語の対応として以下の4つの例が挙げられる
- なにが(は)どうする:[例] 教授が笑う
- なにが(は)どんなだ: [例] 助手は静かだ
- なにが(は)なんだ:[例] 彼女は助教だ
- なにが(は)ある/ない/いる:[例] 実験がある
ポイントは主語と述語の位置をできるだけ近づけることにあります。近くなればなるほど、文はわかりやすくなります。 そして特に重要なのは文に主語は一つ,述語も一つということです。一つの文に複数の主語や述語が入ると、読み手に伝わりにくくなります。
例1.32では主語と述語が複数あるのでそれを1.8.2項で説明する接続詞「なぜなら」を用いて繋いでいる。
1.5.4 受動態を使わない
小説などでは受動態は能動態と同じくらい使われますが、論文では的確に情報を伝えるため受動態を使わないようにします。内容がスムーズに入ってくるのは、行為者を主語にした能動態であるということがポイントです。
受動態は以下のようなパターンの時に用います。
- 行為者が不明、重要ではない。あるいは行為者を明示したくない場合
- 読み手に伝わりやすくするために,行為者を文末にもっていきたい場合
論文では、基本的に行為者を明示しないことはありません。なぜなら、明示しないと無責任な印象をあたえることになるからです。ですから、読み手に伝わりやすくできる場合でなければ、能動態を使うようにします。 文章における受動態と能動態の違いは、以下のようにまとめることができます。
- 能動態:行為者を強調する(内容をはっきりとさせる)
- 受動態:行為者が前に出ず、行為を受ける対象が主語となる(内容をぼかす)
1.5.5 論文における主語と述語の扱い方
(1) 「研究した人」が主語となるときは省略する
1.5.1項では、「主語を入れて文を書く」と説明しました。ところが、このルールには例外があります。論文では「研究した人」。すなわち「論文を書いた人」が主語になるときには省略します。(例1.34)
(2) 自分のことを主語にするときは「筆者」とする
文章を書いていると。ときには自分独自の考えであることを強調したい場合もあるでしょう。自分の経験や主張を述べる場合や、読み手に対して「一般的な定説にはなっていないが、これは私の意見であるから、気をつけてほしい」と特に断りたいような場合です。こういう場合には「筆者」を使います。書いているのは自分すなわち筆者であるため、第三者のように表現することは不思議に思えるかもしれません。客観的に記すように心がける論文の習慣です。
(3) 行為者を主語とするとき
例1.35を読んでみてください。工学系文書では、物体を主語に用いなければ、説明できないことがよくあります。このような場合には主語と述語の対応に注意します。
1.5.6 「〜は」と「〜が」を一つの分に混在させない
一つの文の中に「~は」と「が」が同時に出現すると、どちらが主語なのかわかりにくく、意味が不明確になります。同一文の中に「~は」と「~が」が出現したときには、どちらかを「~の」に置き換えて後にくる言葉の内容を限定させるか、「~を」に置き換えて目的語とします。
例1.38のダメな例では主語が二つあるので「〜を」をもちいて意味が通るようになっている。
そのほか。「~できない」といった否定表現を「~できる」との肯定表現に改める方法もあります。一般に肯定表現としたほうが、文はわかりやすくなります。 例1.40からは、否定表現である「搭載できない」を「搭載する」に改めます。そうすることで,「人工衛星に搭載する」ことが目的とわかりますから、「搭載するため」とします。そして,「〜〜電源は」を「〜〜電源の」に改め、主語を「小型化が」だけとします。
しかし、この書き換えだけでは不十分です。なぜなら,この文は受動態であり、だれが「小型化を求めている」のかを表していません。さらにこれに続く文は、「だから研究するのだ」といった決意表明になることが予想されます。ですから、「研究した人(書き手)」を主語として省略し、「小型化が」を「小型化を」として、行為者がなにをするのかを「試みる」と示して能動態に改めます。
また、「一文一義」となっていない文、あるいは複分・重文では、文を分割するか、主要でない内容を削ります。
例1.42では良い例でも、「~は」と「~が」があります。ところが、違和感はありません。これは、先頭にある「金属化合物には」を、主語としてではなく主題(題目)として扱う文だからです。このような文では、主題より後の部分が、その主題について説明します。記号で示せば、「AはBがCである」の形です。主題である「Aは」を、主語と述語の「BがCである」が説明しています。 主題を用いる文では、主語と述語だけでなく、主題と述語もねじれないようにします。